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- 新谷村(近世)とは
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新谷村(近世) 江戸期~明治初期の村名出羽国由利【ゆり】郡のうち新屋・荒屋・荒谷とも書く東南は小山を負い,西は日本海に接し,勝手【かつて】川と雪川の小流が東より西流して日本海に注ぐ勝手村の北,羽根川【はねかわ】村の南に位置する地名の由来については砂地で荒漠とした地形によるものと思われるもと最上氏領,元和8年本多氏領を経て,同9年亀田藩領下浜【しもはま】郷13か村の1つ勝手村の支村村高は寛永2年の「由利郡検地目録写」によると勝手新屋村536石とあるが,「正保国絵図」では荒屋村444石,「元禄7郡絵図」では新谷村298石と図示「天保郷帳」では345石北方に御嶽神社がある「出羽国風土略記」には勝手村の御嶽権現は養老元年の勧請と記されているが,社殿造営は大同2年由利家・赤尾津家代々の崇敬神文治年間,由利維平の頃に道川左衛門維証の再建と伝えられる明治4年頃勝手村に併合され字名となる |
出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
新谷村(近世) 江戸期~明治22年の村名... |
出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
新谷村(近世) 江戸期~明治22年の村名... |
出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
新谷村(近世) 江戸期~明治22年の村名... |
出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」